コラム

2023/12/01

アト秒レーザー光技術がノーベル物理学賞受賞

アト秒レーザー光技術がノーベル物理学賞受賞

アト秒レーザーは、100京分の1秒というごく短い時間で発振できるレーザーであり、原子や分子内の電子のふるまいをも観察することが可能となります。

アト秒レーザーは物理学や化学などの分野で大きな進歩をもたらしました。2023年のノーベル物理学賞が授与されたアト秒レーザー光技術の開発者であるアゴスティーニ教授らは、この革新的な技術によって、人類が未知の領域に踏み込むためのツールを提供したと評価されています。

本記事では、アト秒レーザーの原理や応用分野などの概要について解説し、その驚異的な光技術がもたらす未来の可能性について考察します。

1.アト秒レーザーとは?

アト秒レーザーは、その短い時間スケールと高いエネルギー性から、非常に高速な物理現象の観察や微細な物理過程の解明において重要な役割を果たします。ここでは、アト秒レーザーの基本原理と応用分野について解説します。

1)アト秒レーザーの基本原理

アト秒レーザーは、アト秒(10-18秒, 100京分の1秒)という極めて短いパルス幅を持つレーザーです。これは光の振動周期が非常に短いことを示しています。

アト秒レーザーの原理は、高次高周波光発生の原理で説明されます。高次高周波とは、照射した光が波長変換によりその波長の整数倍となって放出される現象です。アト秒パルスの生成には、光周波数が数百テラヘルツ(THz, 1012Hz)から数ペタヘルツ(PHz, 1015Hz)に達する高周波パルスを生成する必要があります。高次高調波の発生は、レーザー電場に同期したアト秒領域の電子運動によってもたらされるからです。このメカニズムは、3ステップモデルで構成されます。

2023年ノーベル物理学賞の一人目の受賞者のであるアンヌ・ルイリエ氏は、希ガスに非常に高出力な1064nmのレーザー光を照射することで、高次高調波を発生させることに成功しました。このときレーザー光を照射された媒質の電子は、トンネルイオン化と呼ばれる量子力学的プロセスによって、原子のクーロンポテンシャルを脱出します。飛び出した電子は、レーザー電場との相互作用によって、今度は原子イオンに向かって加速され、原子イオンに衝突して再結合します。この再結合の際に、電子のもつ運動エネルギーが高次高調波に変換されて放出されます。


この高次高調波は後に、アト秒パルスから構成されることが理論的に証明され、ルイリエ氏と共に2023年ノーベル物理学賞を受賞したピエール・アゴスティーニ氏とフェレンツ・クラウス氏はそれぞれ、アト秒パルス列の生成と確認に成功しました。

2)アト秒レーザーの応用分野

化学反応には原子の構成要素である電子の運動が深く関わっています。その電子運動の観察を可能にするのが非常に短い時間だけ光るアト秒レーザーです。これまでは出力が弱いため、アト秒レーザーの利用は一部の分野に限定されてきました。

しかし現在では、2022年3月の、理化学研究所の世界最高出力の実現をはじめとし、アト秒レーザー利用の用途拡大に向け様々な取り組みがされています。

材料科学分野では、アト秒レーザーを用いて物質の電子状態を解析し、材料の光学的性質や電気的性質の理解を深めることが可能になります。これにより、新たな材料の開発やエネルギー変換効率の向上などが期待されています。

化学反応の解明においても、アト秒レーザーは重要な役割を果たしています。アト秒レーザーを用いることで、分子の振動や回転運動や化学反応のダイナミクスなどを観察でき、化学反応のメカニズム解明や新たな反応経路の発見が可能になります。

生物医学分野でも、アト秒レーザーの応用が期待されています。アト秒レーザーを用いて、生体内の分子や細胞のダイナミクスを解析することで、病気の発生メカニズムや治療法の開発に役立つ情報を得ることが可能になります。

参考:理化学研究所「世界最高出力のアト秒レーザー」

2.ノーベル物理学賞に輝いた3氏とは?

2023年のノーベル物理学賞に輝いた3氏は、米オハイオ州立大学のピエール・アゴスティーニ名誉教授、独マックス・プランク量子光学研究所のフェレンツ・クラウス博士、スウェーデン・ルンド大学のアンヌ・ルイエ教授です。

アト秒レーザー光技術の開発によって物質の微細なダイナミクスを研究する新たな道を切り拓いた功績が認められています。彼らの研究は、物理学の分野における重要な進歩となり、今後の研究に大きな影響を与えることでしょう。

1)3氏の業績と功績

2023年のノーベル物理学賞は、アト秒レーザー技術の開発に貢献した3人の研究者に授与されました。彼らは、物質を構成する微小な粒子である電子の動きを観察するための新しい研究手法を確立しました。3氏のそれぞれの業績・功績は、以下のようになります。

1987年、ルイエ氏は希ガスに強力な赤外光を照射すると、元の波長よりもはるかに短い波長を持つ光パルスが連続的に発生する現象を発見しました。この現象は「高次高調波」と呼ばれ、光パルスの持続時間(パルス幅)が極端に短いことが期待されましたが、このときにわかったのは波長が極めて短いということだけでした。一方、生成した短波長光の強度に着目し、高次高周波光が一定の強度で多数続く「プラトー(台地)」と呼ばれるスペクトル構造を報告しました。これは後に、アト秒パルス発生のメカニズムを理論的に説明する足がかりの一つとなります。

2001年に、クラウス氏らは実験によって、この高次高調波のパルス幅がアト秒レベルであることを確かめました。具体的には、電子のエネルギーを測定することで、赤外光の振動を基準にして高次高調波のパルス幅を突き止めました。

アゴスティーニ氏は2001年に、複数回発生する光パルスが250アト秒の非常に短いパルス幅を持つことを実証しました。ほぼ同じ時期に、クラウス氏は強力な赤外光を使用して高次高調波を発生させ、そのパルス幅を非常に短くすることに成功し、650アト秒の単一の光パルスを取り出しました。


両氏の功績は、アト秒パルスの生成とその評価・測定に関する基盤の確立に大きく寄与するものでした。


これら3氏の業績によって、アト秒レーザー技術は物理学の分野において大きな進歩を遂げ、物質のダイナミクスや量子効果の解明に貢献し、未知の領域を開拓するための重要な一歩となりました。

参考:科学技術振興機構サイエンスポータル「ノーベル物理学賞に欧米の3氏 アト秒レーザー光技術を開発」


2)アト秒レーザーの開発の意義

アト秒レーザーの開発は、物理学界において画期的な出来事です。この技術により、人類は原子や分子の内部で起こる電子の反応を観察することが可能になりました。これによって、私たちは物質の微細な反応を理解し、新たな科学の扉を開くことができます。

アト秒レーザーは、100京分の1秒という極めて短い時間スケールで光を出すことができる技術です。この短い時間の中で、電子の動きや相互作用を観察できるため、分子や原子の内部構造や反応過程を詳細に解明できます。これまで不可視だった微小な世界が、アト秒レーザーの登場によって明らかにされるようになりました。

3)アト秒レーザーの影響と可能性

アト秒レーザーの開発は、科学技術の進歩に大きな影響を与えることが期待されます。まず、分子や原子の内部で起こる物理現象を詳細に観察することで、新たな物質の設計や反応制御が可能になります。例えば、医薬品の開発やエネルギー変換技術の向上において、アト秒レーザーは重要なツールとなるでしょう。

さらに、アト秒レーザーの技術は、量子コンピューターや量子通信など、量子科学の分野にも大きな進展をもたらすことが期待されています。アト秒レーザーによって得られる詳細な情報は、量子現象の理解や制御に役立つでしょう。これにより、高速で安全な情報処理や通信が可能になり、社会のさまざまな分野に革新をもたらすことが期待されます。

3.アト秒レーザーの未来展望

アト秒レーザー技術の進化と発展、そしてそれがもたらす社会への変革は、科学技術の進歩において非常に重要な役割を果たすでしょう。

1)アト秒レーザー技術の進化と発展

アト秒レーザー技術は、非常に短い時間スケールで光を制御する革新的な技術です。この技術は、物質のダイナミクスや分子反応の瞬間的な振る舞いを観察するために不可欠なツールとなっています。

1980年代には、高次高調波の研究によってアト秒レーザー技術の最初の報告が行われました。そして、レーザー技術の発展とともに、アト秒科学が急速に進展してきました。

アト秒レーザー技術は、我々が今まで捉えることができなかった超高速の物理過程を観察できる革新的な技術です。アト秒レーザーの登場により、より短い時間スケールでの瞬間を捉えることが可能になりました。

アト秒レーザー技術は、その進化と発展が期待されています。現在、アト秒の時間スケールでの物理現象を観測できますが、さらに高い時間分解能や精度を持つアト秒レーザーが開発されることが予想されています。これにより、より詳細な物理過程の解明が可能となり、科学研究や技術の発展に大きな貢献をすることが期待されます。

2)アト秒レーザーがもたらす社会への変革

アト秒レーザーの開発により、私たちの社会には大きな変革がもたらされることが期待されています。アト秒とは、非常に短い時間の単位であり、物の動きを捉えるために必要な光のパルス幅です。このアト秒レーザーの高出力化に成功したことで、微細イメージングやナノ加工など、様々な分野での応用が可能になりました。

まず、微細イメージングにおいては、アト秒レーザーの高出力が画像の解像度向上に貢献します。例えば、生体内の細胞や分子の動きをリアルタイムで観察することができれば、病気の早期発見や治療法の開発につながるでしょう。また、材料の微細構造や反応過程を詳細に解析することで、新たな素材の開発やエネルギー効率の向上にも繋がるでしょう。

さらに、ナノ加工においてもアト秒レーザーは大きな進歩をもたらします。ナノスケールの構造を作り出すためには、非常に高いパワーと高い制御性が求められます。アト秒レーザーの高出力化により、より精密な加工が可能になり、ナノデバイスの製造や光通信技術の向上に寄与することが期待されます。

さらに、アト秒レーザーは量子技術の発展にも貢献します。量子コンピューターや量子通信など、量子技術は現代社会において大きな注目を浴びています。アト秒レーザーの高出力化により、量子状態の制御や量子ビットの操作がより高速かつ正確に行えるようになり、量子技術の実用化を加速させることが期待されます。

アト秒レーザーの高出力化は、科学技術の進歩にとどまらず、医療や材料開発、通信技術など、様々な社会的な分野においても大きな変革をもたらすことが期待されます。私たちはこれからますます多くの可能性を探求し、アト秒レーザーの応用の幅を広げていくことでしょう。

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