コラム
2024/07/19
【Laser Being #1】未来を豊かにするレーザー技術革新&応用の最前線
近年、レーザー光は、通信、計測、加工、医療、エネルギー等の様々な分野で使用されるようになりました。本コラムにおいては、未来の我々の生活を更に豊かにするために革新的なレーザー発生&応用技術の研究開発を行っている機関や、その研究成果を実装した新たな商品を開発している企業を訪問し、研究開発に携わるリーダーの方々に直接インタビューを行い、その最先端情報をレポートしていきます。
初回となる今回は、2023年のノーベル物理学賞が「アト秒パルスの発生方法の実現」で、Pierre Agostini(ピエール・アゴスティーニ、オハイオ州立大学名誉教授), Anne L’Huillier(アンヌ・ルイリエ、ルンド大学教授), Ferenc Krausz(フェレンツ・クラウス、マックスプランク量子光学研究所長)の3名に授与されましたが、そのアト秒レーザパルスの発生&測定技術分野の研究開発において多大な貢献をした(国研)理化学研究所光量子工学研究センターを訪問し、緑川克美センター長にその研究開発の経緯とアト秒レーザー光科学の将来について伺いました。
※理化学研究所光量子工学研究センター緑川克美センター長よりご提供いただきました。
― アト秒レーザー研究開発の経緯
今から40年ほど前ウラン濃縮用レーザーの研究に従事した後軟X線(XUV)領域でのレーザー光の高効率化と高出力化の研究に移行しました。XUVレーザーの発生には、レーザーを集光照射して得られるレーザープラズマ中に発生する反転分布を用いるのですが、1980年代当時の励起用レーザー光源の大きさは体育館のように巨大でした。その後、1990年代に入りチタンサファイアレーザーが出現し、チャープパルス増幅技術も開発された事により、増幅器の損傷や飽和なしにTW(テラワット)級の超高ピーク出力のフェムト秒パルスの生成が可能になり、テーブルトップの小型装置でXUVレーザーの実験ができるようになりました。しかし、有効なミラーのないXUV領域では効率が低いうえに、コヒーレンスが悪いプラズマXUVレーザーは光源としては使い物になりませんでした。そこで私は、当時発見されたばかりの高次高調波に注目しました。レーザーの集光方式や波長変換媒体を工夫し、2002年には従来の100〜1000倍の強度を持つ世界最高瞬間輝度のアト秒レーザーの発生に成功しました。この高強度アト秒レーザーの発生方法は、今やスタンダードとして世界中で使われています。
更に、発生したアト秒レーザーのパルス幅の測定を、自ら考案した自己相関法(オートコリレーション)により測定する事にも成功しました。
― アト秒レーザー光科学の将来
現在までに報告されているアト秒パルスの時間幅は、約50asに達し、GW(ギガワット)を超えるピーク強度が達成されており、利用可能な波長範囲は500eV(~2.4nm)までに及んでいます。
このような先端的なアト秒光源をより多くのユーザーに提供することを目的として欧州のExtreme Light Infrastructure Attosecond Light Pulse Source (ELI-ALPS)をはじめとして、幾つかの機関でアト秒ビームラインの建設も進められています。
ピコ秒〜フェムト秒パルスで分子の回転や振動している様子を測定できるようになり化学反応の解析が進みましたが、更にアト秒パルスでは物質中の電子の動きを捉えることができるので、物理学や化学のみならず生物・医科学等の分野においても大きな進展をもたらすものと期待されています。また、光化学や生命科学分野においては、水の窓領域での観察が可能となり、水環境下のより自然に近い状態でのDNAやタンパク質など生体分子の挙動を捉えることが可能となり、光誘起反応ダイナミクスの理解、そして制御への発展が期待されています。 また、2023年のノーベル委員会のプレス発表では、委員長が最後に「我々は今、電子の世界への扉を開くことができる。アト秒物理学は、電子によって支配されるメカニズムを理解する機会を与える。次のステップはそれらを活用することである。」と述べられていますように、今後のアト秒パルスを利用した電子ダイナミクスの理解が新たな活用の段階に進むことを期待しています。
【2024年10月12日、理化学研究所仙台地区で行われた、緑川光量子工学センター長の講演「アト秒科学研究の30年を振り返って」において撮影】
(インタビュー&文責:株式会社日本レーザー営業本部マーケティング部H&I)