
第7回の本コラムでご紹介するのは、
浜松ホトニクス株式会社で「レーザーフュージョン発電用レーザー光源」の開発を率いる、中央研究所企画部 部長の川嶋利幸(かわしま・としゆき)氏です。
同社は静岡県浜松市に本社を構える光技術の専門メーカーで、「光で未来を拓く」を使命に、最先端の光応用製品を提供し続けている研究開発型企業です。商品ポートフォリオとして、光センサや光電子増倍管、イメージング装置、レーザー光源などの開発・製造を手がけ、医療・産業・科学研究分野において世界トップクラスのシェアを誇っています。
川嶋氏が取り組むのは、クリーンで膨大なエネルギーを生み出す可能性を秘めた「レーザーフュージョン発電」の実現に向けた最先端研究です。フュージョン発電は、太陽が光と熱を生み出す仕組みを地上で再現しようとする技術で、そのためには極めて高い温度と圧力環境をつくり出す必要があります。そこで鍵を握るのが、高出力かつ高エネルギー密度のレーザーです。川嶋氏はそのレーザー光源技術の開発責任者として、国内外の研究機関と連携しながら研究開発を推進されています。
今回は川嶋氏に以下のインタビューを行い、民間企業として積極的に「レーザーフュージョン発電用レーザー光源」の研究開発を行う背景から、最新の研究成果および今後の社会実装の展望を伺いました。

写真1:レーザーフュージョン評価用光照射システムの前に立つ川嶋氏、2025年11月撮影
目次
― 浜松ホトニクス(株)で「レーザーフュージョン発電用レーザー光源の開発」に挑戦するようになった背景を教えて下さい。―
当社がレーザーフュージョンに関わるようになったのは、今から約50年前、1970年代にさかのぼります。きっかけは、海外製のストリークカメラの修理依頼でした。この経験を通じて、レーザーフュージョン研究の現場と接点を持つようになったのです。そして1990年代、高出力の半導体レーザーの開発に成功したことを機に、レーザーフュージョンへの本格的な取り組みが始まりました。
もう一つの理由は、「光で未来を拓く」という企業理念があります。当社は、短期的な利益よりも、その技術が社会や人類にどれだけ貢献できるかを重視してきております。フュージョン発電は、二酸化炭素を排出せず、燃料もほぼ無尽蔵とされる究極のクリーンエネルギーであり、実現すればエネルギー問題を根本から変える可能性を持っています。その中核となるレーザー光源の開発に挑むことは、当社の理念を体現する取り組みにほかなりません。
さらに、フュージョン技術を研究段階から社会実装へ進めるには、実験用ではなく、「発電システムの一部として動き続けるレーザー」を実現することが、当社の使命です。そして、フュージョン発電用レーザーという長期的テーマに挑めるのは、基礎研究を重視し、10年、20年先を見据えて研究を支える企業風土があるからです。光電子増倍管が長年の研究の末にノーベル賞研究を支えたように、地道な挑戦がやがて大きな価値を生むことを当社は知っているからです。
― レーザーフュージョン発電用レーザーの最新開発状況について教えて下さい。
当社は、 半導体レーザー(LD)励起の固体レーザーでは世界最高出力となる、 パルスエネルギー200ジュール(J)のレーザーを10ヘルツ(Hz)で照射できる平均2kWのレーザー出力を達成しました。
(出典2:浜松ホトニクス(株)2025年8月28日プレスリリース記事https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2025/20250828000000.html)。
高出力時のレーザー媒体内部の発熱による特性劣化を、独自の冷却構造の開発とレーザー光のビーム品質を高める工夫を行うことで、従来の2倍以上の光エネルギー密度でのレーザー出力実験に成功しました。また、レーザーフュージョン発電の実現に向けたマイルストーンの1つである、1kJ×10Hzレーザーの概念設計と主要な技術課題を抽出することができました。

出典2:世界のLD励起大出力レーザーの出力推移 https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2025/20250828000000.html

写真2:世界最高出力200J×10Hzでレーザーシステムが動作したレーザー増幅器の横に立つ川嶋氏、2025年11月撮影
―今後の開発計画を教えて下さい―
2028年までにレーザーパルスエネルギー1kJx10Hz(平均出力10kW),その後2040年までに10kJx10Hz(平均出力100kW)のレーザー装置を目標としています。

出典2:レーザーフュージョン発電用レーザーの概念図と基本設計計画 https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2025/20250828000000.html
実現には励起光源である高出力半導体レーザーのさらなる強化が鍵となります。今年度,NEDOの「フロンティア育成事業(極限マテリアル)」におけるパワーレーザー領域に当社は採択され,半導体レーザーの超高出力化を数年スパンで推進します。1kJx10Hzとなれば平均出力10kWに伴う発熱をどう冷却するか,レーザー波面の歪みをどう抑え補正して良質なビームを燃料ターゲットに正確に届けるのかが大きな課題です。まずは現有装置で課題を抽出し解決策を検証し,そのうえでスケールアップする計画です。

出典3:レーザーフュージョン向けレーザー増幅装置のイメージ, 浜松ホトニクス(株)2024年11月5日プレスリリース記事 https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2024/20241105000000.html

出典3:従来品と比べ輝度が約4倍の23 kW/cm2と、レーザーフュージョン向けでは世界最高輝度となるLDモジュール(添付写真)の開発に成功! 浜松ホトニクス(株)2024年11月5日プレスリリース記事 https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2024/20241105000000.html
また、高出力レーザーの先行応用として社会実装の可能性があるのは半導体製造技術です。前工程では半導体レーザーによるプリント基板製造や高出力固体レーザー駆動によるEUV光源開発,後工程ではレーザー微細加工の高度化です。国家による重点投資領域でもあり,当社の半導体レーザーと高出力レーザー技術が貢献できると考えています。
また、レーザーフュージョン発電では 高繰り返しで安定したレーザー照射が不可欠となりますので、当社と株式会社EX-Fusionは、レーザーフュージョン研究において、大出力のパルスレーザを連続して模擬燃料ターゲットに照射する重要な技術の実証試験を共同で行なっています。2025年7月には、直径1ミリメートルの金属製ターゲットを1秒間に10回の頻度で真空チャンバー内に投入し、ターゲットの位置を予測してレーザーを正確に照射しました。1時間にわたる連続照射の結果、レーザーの照射位置とターゲットの位置の誤差は約500マイクロメートルに抑えられ、50%以上の確率でターゲットへの照射に成功しました。さらにターゲットへ照射したレーザーショットの内、10%以上の照射でレーザー光がターゲットからレーザー装置側に戻る大出力レーザー特有の重要なデータも得られました。このような規模と条件で長時間にわたり統計的なデータを取得した実験は、世界初の試みです。

出典4:レーザーフュージョン発電の模式図 https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2025/20250731000000.html
更に、当社は2025年10月、米国ローレンス・リバモア国立研究所が主導するレーザーフュージョンエネルギー(IFE: Inertial Fusion Energy)の商業化を加速させる枠組み「The STARFIRE Hub」に、新たに設立された「半導体レーザー技術ワーキンググループ」へアジアから唯一の機関として参画しました。
本ワーキンググループは、世界トップクラスの機関が協力してIFEの実現に必要な半導体レーザーの“技術要件の定義”および“実現可能性の評価”を行うことで、半導体レーザーの業界全体をさらに発展させるための技術革新を推進しております。
出典5 https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2025/20251009000000.html
― インタビューを終えて―
本取材を通して強く印象に残ったのは、川嶋氏が抱く
「未知の技術領域に挑戦し続ける意志」、
「社会課題の解決を見据えた研究への想い」、
そして「事業の発展と技術の社会実装を両立させたいという視点」が、
レーザーフュージョン発電用レーザー装置の研究開発という壮大なテーマに挑む上での、確かな価値観と指針となっていることでした。
浜松ホトニクス株式会社において川嶋氏が率いる研究開発チームが、
この信念のもとでどのような成果を生み出していくのか。
その今後の歩みに、大きな期待が寄せられます。
インタビュー&文責:株式会社日本レーザー営業本部マーケティング部H&I
